センチメンタル通信

ひとりぼっちのビジュアル・リサーチ

2023.0530

2023.0530

ひどく寝静まったニューとはもういうべきではないニュータウンの片隅で、内なるおれが半ば暴走的に思い立ち、セルフ断髪。昨年の夏にも同様に至ったが、今回は涙が出なかった。サムライや力士をやめるかのような感覚にどこかちいさくも救われてきたのだが、今回はあまりにも軽すぎる質量。こんな状態においては、意識的に食べることがとても苦手なピザを頼んで無理やり流し終えた後、うっすらと浮かんでくる涙を月夜にさらすことでイニシエーションを終えていたのだが、今宵はすでに濡れていた欄干を握って困った。これまで自らの中にかろうじての潤いの湧きたちを感じれていたが、出しっぱなしにしたシャワーを止める気力すらなくうなだれているおれは、ついにもうダメなのかもしれない。

 

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2023.0529

2023.0529

世界が最近再び三度ぼくに厳しい。清潔なものとの交流はプラスチック・ワードで行われ、互いに理解したような気持ちになり、胸にざらつきが残る。じっと雨音に耳を澄ませながら、きみがぼくのうちから去ってくれるのを待つ。ある文学者にとってはただ日々を生きることが抵抗の手段として存在するが、それすらいまのぼくには乏しい。先週末の告白からぼくは無菌室に閉じ込められており、もうまもなく消毒される。

 

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2023.0528

2023.0528

週末は我が邸宅に帰りたくない。そもそも我が物でなどなく、完全なる牢獄、サナトリウムのようだからだ。過去の奴隷になるくらいしか暇つぶしがなく、ひとりぼっちメディアで繊細報道を垂れ流して夜が過ぎていく。基本的に誰にも関わりたくはないが、人の気配は近くにあってほしいささやかな矛盾に対して我々はどう抵抗したらよいのか。抵抗などいっそ諦めて、流れに身を任せることが省エネ世代のベーシック?(やれやれ系を撃ち倒せ!)

 

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2023.0526-0527

2023.0526

守られた庭より、雑草が生い茂った空き地の方が好みである。好みであるというより、落ち着く。前者は遠目から見ているうちにはとても心地が良く映るが、近づくにつれて恐怖が増す(壊してはいけない、この景観の一部に相応しくないなど無駄なことばかり思案するためだ)。一方で半ば放棄された空き地は遠目から見ても中で遊んでもあまり印象は変わらない。どころかときおり愛着すら覚える時がある。(いわゆる所有であるため、その事実に気づいた時には離れてしまう。)わたしは所有を感じられるものが限られているだけでなく、そもそも所有が得意ではないどころか、いつも所有の影に気がつくと辟易してしまう。(発熱した夕暮れのため息)

 

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2023.0527

不感症と俯瞰症は相性がよいというのは欺瞞である。起きたら誰もいなくなる。録音された鳥の囀りと木々の騒めき。頭上に磔になっている太陽を少しばかりうらんでみる。5月の隙間にポケットに入れっぱなしになっているあらゆるものを詰めこむ。

 

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2023.0518-0525

2023.0518

インターネットの海などというが、俺の中ではため池である。類似品から淀んでしまって何色かもわからなくなった記憶を思いかえさせられる。今日は2012年の”熱くなるドリンク”パーティ。商品の効果検証までついていたのだから驚きだ。いまやマルチもすっかりおとなしく喫茶店でコーヒーを飲むようになって少し寂しくも思う。(昨晩寝てしまった林道とともに、なくなっちまえよイリーガル?)

 

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2023.0519

卒業通知。覚えたての「なんやねん!」を呟く午後。あと何度この場所で残りの週末を数えるのだろうか。酒もタバコも嫌いなのに、摂取がやめられないのは俺が弱いからか?2015年からいつまで経ってもポエムワールドを一向に拡張できていない。アーツになんて、閉じ込められたくない。

 

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2023.0520

人生初のイベントで俺のインプレッションが評価された。こんな感覚になるのは先ほどまで沈黙の螺旋理論について学び直していた俺にとっては驚きの事象。飲み屋のトイレでふと思う。この壁に詩を書きたい。(2011年の”不謹慎な時期”に行われたはじめての”コンパ”でも同じ気持ちになった)神様が降ってくる。

 

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2023.0521

課外授業で姫路のイベントへ。なんだか2010年代の日常系漫画のようなひとときであった。竹でビールを飲んだ。徹夜明けであったことや5月らしくない気温の高さも相まって、陽炎のような揺らぎに包まれる。青年期の憂鬱は、昨夜の君に置いてけぼりにされ、春が満ちたような気にさせられる。

 

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2023.0522

人生が上がる、という表現がよくわからなかったがなんとなく少しだけわからなくもなくなっている。無論一切俺は上がっちゃいないのだが、天井が見えてきたような気がして辛くなる時があるからだ。俺は自分軸系を装ったハイパー他人軸スタイル。このままじゃうまく生きれる気がしない。(11歳から今まで何回思ってんだよ)無限ペルソナによるガラクタたちがつくるゴフマン(ご不満)。 

 

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2023.0523

キャンパスの木々をはじめとする景観がぬるく輪郭がない。この時期は2004年の練習試合中に叱責された風景と2013年の野外ステージでの恍惚がないまぜになり、所在のなさに苛まれる。自宅に帰りたいと思うが、俺には自宅がない(ホームタウンという意味での)。帰属意識のある人々が時に羨ましく感じる。俺も美大にでも行っとけばよかったのか?

 

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2023.0524

風景の違和感を覚える。違和感というとポジじゃなく聞こえるかもしれないが、今の感覚はきっとポジに近い。が、普段の行動とは異なるスキームがある気がしてしまう。(大リーグ養成ギブスみたいなもの?)神様A「デートには二つの意味があります、一つはみなさんが想起する恋仲の人々との遊興で、もう一つは単なる日付です」。このような複雑さと単純さの意味の二重性を克服できていないことが我がダブルバインド状態の源流にある。始まりは小学2年生の自宅のお風呂場にあると俺はまだ信じている。(いつまでしがむな馬鹿者!)

 

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2023.0525

遅れてきた5月の重みがのしかかり、脳貧血で自宅で倒れる。(脳貧血を知らない諸君に向けて、脳貧血になるときはわかれた枝葉に注ぐエネルギーがフッとなくなり、重心が頭だけになる感覚を覚えることをお伝えしておく。) 幸い急ぐべき業務はなかったから問題はないが、熱を出した深夜の煩悩のようにありとあらゆる人・場所への謝罪文を頭の中で作成してしまう。ヘラヘラしているやつは軽い。軽いやつは信用できない。つまり俺は信用がならない。(我が身体を遺失物センターに誰か届けてやってくれないか)

 

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2023.0516-0517

2023.0516

予想通り信じられない憂鬱に苛まれ、引きこもり再発。陽射しに胸が焦がされ、立ち上がれない。また逆戻りを半ば悲しくも期待。種を蒔いたルッコラの芽が出ている。2018年から常に感じているが、誰かや何かを育てる立場は難しい。

 

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2023.0517

恋のレッスン3回目終了。恋に向かないことを知り、中退濃厚。(フィードバックファイル:ミ↓キ↑くんが仕事辞めちゃったら、困る人がたくさんいるんじゃない?)代わりに新たなAD案件をいただく。やはり生きる世界が違うと神に諭されているようだ。アーツ・ライフへおかえり。(2011年でお前は死んでいたんだ、ありがたくも残された時間が少ないことに気づけ、馬鹿者)

 

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2023.0512-0515

2023.0512

喪失の隅で頬杖をつきながら窓の外を見る。休み時間の喪失は騒がしく、ヘッドホンで耳を塞ぐ。日直がきみとであったらよかったけれどそうもうまくはいかないので、一人で日誌を書いてみる。立て付けの悪い扉がひらき、通り雨が止んだように喪失が鎮まる。2014年に帰りたいので、たくさんの(それはたくさんの)アルコールに浸かる。

 

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2023.0513

恋のレッスンを2012年5月ぶりに受けた。ドキドキは嘘つきである。別の世界線で出会いたい人が多すぎる。いつまで俺は周回遅れなんだ。レースを辞めないでいたら気がつけば周りからは先頭にみられるときがある。(実情はただ、足が遅くて諦めが悪いだけなのに、気がつくと前には誰もいない。) 

 

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2023.0514

恋のレッスンの2回目を受けた。帰り道、思い出の整理を文学のレッスンとしていた時期があったことをふと回想。その時期の拠り所は、ある辛い事象が連続的にあった頃に母が全部思い出になるからね、と俯きながら話していた2007年にある。私はいまだ文学をひとつも成し遂げられていない。恋のレッスンにも文学のレッスンにも補講はなく、劣等生にとっては致命的な事態が続いている。

 

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2023.0515

おれは自称しゃべれるタイプの潤滑油系コミュ障なのだが、これはハイパー陽キャとウルトラ陰キャ時代がハイブリッドで存在していることに起因する。小中学生時は1.5軍、高校で一気に軍外の引きこもりになり、大学・大学院時代で異化したという流れだ。このため飲み会をはじめとするパーチィでスムーズに盛り上げて話すことができるが、帰り道がいつも背中がどんどん丸くなって視界がぼやけてしまう。例の如くまたもや自宅の近所で悲しみに溺れてしまい、見知らぬ男性に介助されて目が覚めた。(この国も捨てたものではないが、そんなことよりも吐き気が止まないことに怯えている)

 

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